あなた
10歳の頃、祖父が死んだ。誕生日の2日前だった。誕生日プレゼントを買ってくれるというので、家族で出かけていた。そんな日の夕方のことだった。
突然鳴りだした携帯に母親が出て、それから酷く動揺していたのを覚えている。
「おじいちゃんが事故にあったんだって」
急いで家に引き返した。楽しみにしていた誕生日プレゼントは彼方に忘れ去られていた。
父親は妹とソファに座っていて、僕はソワソワしながらありとあらゆる世界の神様にお祈りしていた。神様って居るの?居るとも限らないけれど、居ないとも限らないじゃないか。
母親が実家に向かったほんの数分後に、祖父が死んだと電話があった。
報せを受け帰ってきた母親は、玄関で崩れ落ちて泣いていた。
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「誤射だって」
「誤射??」
祖父は至近距離で心臓を撃ち抜かれて、絶命したらしい。考える間もなく、一瞬で。
祖父の死に顔はよく思い出せない。けれど、出棺の時雲の切れ間から日が差して綺麗だな、と思ったことは今でも覚えている。
火葬場でおじさんは泣きながら「ごめん」と言って火葬のボタンを押した。
自分の肉親を火に焚べる気持ちを僕は分からない。分からないけれど、それは凄く辛いことなんだろうなと子供ながらに感じた。
母親は泣いて「辞めて」と叫んでいて、それを親戚の誰かが羽交い締めにして止めていた。
祖父を撃った男は数日警察に拘束されて、たった数十万を払って“法的に”許された。
それから数度、墓参りに来て、それっきりらしい。
ああそうなんだ、そうやって、人を殺したことを忘れてくんだな。
引き金を引いたその手で、今何を触れているのだろうか。
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例えば、癌で死んだあの人がいて、車に轢かれて死んだあの人がいて、首を吊って死んだあの人がいて、老衰で死んだあの人がいて、火事で死んだあの人がいて、そして、銃に撃たれて死んだあの人がいる。
この世にはありとあらゆる死に方があって、祖父のそれは、ただ少し珍しかっただけだ。
けれど、人はその“ただ少し”をいやに気にしてしまう、本当に、嫌になるほどに。
母親は祖父が死んでから、僕が集めていたエアガンを全部捨てた。
ある夜、目が覚めて台所に行くと、母親が泣きながら手首を切っていた。
また別の夜、母親はベランダから身を大きく乗り出していた。
夜が怖くなった。僕は何も言えなくなって、母親の背中を強く殴った。
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今でもたまに、あの時の夜のことを思い出す。
母親はいつの間にか手首を切ることをやめていた。まるで初めから、そんなこと存在していなかったみたいだ。
21歳になった僕は、もうエアガンを集めていなくて、家族でプレゼントを買いに行くこともない。
今の僕にはもう、あなたの手首の傷も、あなたが手首を切ることにも偏見は無いよ。悲しくもない。
けどね、あなたが手首を切るに至らせた“何か”がたまらなく憎いんだ。
殺してしまいたい程に。
大切なあなたへ、あなたを傷つける何かが全部消えてなくなりますように。